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NO.101

平成12年10月1日発行

シドニーオリンピックが始まりました。
YAWARAちゃんこと田村亮子選手やマラソンの高橋尚子選手が国民の期待どおり金メダルを取りましたが、当然と思われている事をその通りやってのける事の偉大さを感じます。

優れた遺伝的素質もあるのでしょうが、それに加えて更に努力を重ねて自分の能力を極限近くにまで磨き上げた姿はとても美しく輝いて見えました。
しかし一般的に多くの選手達は期待に応えられず、涙をのんだ敗退しており、自分を含めて無責任な観衆達は(自分たちは代表選手になる程の素質も努力していないくせに)あれこれ注文を付けて文句を言い、批判しがちです。

でもオリンピック会場に立っている選手達は皆選ばれたエリート達です。その中には世界の頂点に立てた人もいれば、「まだまだ広い世間には上には上がいるものだ。」と言う事を思い知らされてとても勉強になったと思っている人も数多くいることでしょう。

どんな分野に進もうとも、自分の生きていく道を模索し、なんとか見出し、その目標に向かって努力できる人は幸せですし、またその過程を通して人は成長し一流の人間へとなっていけるのだと思います。
そんな事を考えていると、ついつい最近の若者達の事に考えが向いていってしまいます。

学校では学級崩壊やいじめがはびこり、授業も成り立ちにくくなってきていると聞きます。
そもそも何で勉強しなければならないかというモチベーションも持てず、学問を身につけていくことの意味や目的が子供達にうまく伝わらず、勉強する気も失せ、次第に落ちこぼれていき、極端な場合には非行に走るか、不登校に陥るかになってしまいます。

なんとかそのどちらにもならず、順調に高校・大学へ進んだとしても、中には分数の計算もできない、社会のごく一般常識的な教養も身に付かないままの大学生が増えつつあると言われています。
大学が教養を身につけさせるよりも、社会に出てすぐ会社で率先力として使える人材を求められる余り、「教養主義」から「実利主義」へと突き進む過ぎた結果と言えるでしょう。

昔と比べて、とみに最先端技術の発展はめざましく、IT革命などと叫ばれて、ますます生活は便利になっていくかに見えますが、一方で国民の知的水準が逆に総体としては下がりつつあり、素晴らしい技術を使いこなす側の人間の中味が追いついていけてないように思えてなりません。

若者達は多種多様な分野で、人間としての知的好奇心を存分に満たし、また生きる意味や意義を充分に考えながら自分に最も適した分野で目標・夢に向かって、自分を磨いていく喜びが得られるようにしてあげられたらなぁとオリンピックの選手達をTVで見ながらつくづく思いました。

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