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NO.142 佐世保小6事件に思う

平成16年7月1日発行

長崎佐世保の小学6年女児による同級生カッター事件は、同じ年頃を持つ親たちに驚きと衝撃を与えた事と思います。

わが子がちょっとした学校でのトラブルで、被害者にも加害者にも成り得る事を考えると恐ろしさを感じます。

事件に関する様々な背景説明の報道を見聞きしても、何故被害女児が殺されなければならなかったか、いまだに理由が理解できません。

そこで結局いつもの如く加害少女の心の闇を探るべく、専門家たちによる精神鑑定に委ねようと言う事になってしまいました。

現代社会はますます便利になっていく携帯電話やインターネット等の通信手段の発達と引き換えに、目の前の生身の人たちとの心の交流の深さや密度が薄れてきているようでとても気がかりです。

加害女児は「バトルロワイヤル」という、中学生同士が生き残りをかけて最後の一人になるまで殺し合うという映画にのめり込んで、自分の心の内に潜む暴力性に目覚めてしまい、ついにはコントロール不能に陥ってしまったのでしょう。

日本のテレビ、映画、漫画、ゲームの暴力シーンのひどさは、アメリカと並んで世界的に有名で、諸外国から多くの批判を受けています。

同じ長崎で幼児を裸にして屋上から突き落として死なせた事件や、神戸での酒鬼薔薇聖斗と名乗る少年が被害児童の首を切断して校門に置いたりした事件と今回の佐世保の事件とは全く同様の臭いがしてなりません。

ただこれらの猟奇的な少年犯罪を、今流行の「行為障害」という精神科用語で読んで片付けてしまってよいはずもありません。

子供はもともと幼児の一時期、小動物や虫たちなどに対して、その愛らしい外見に不似合いなほど残虐な事をする時期があります。

それがいつしか教育と愛情を受け、理性を磨くこと等で暴力性、残虐性をコントロールできるようになっていくのでしょう。

でもいくら立派な大人になったとしても、どんな人間の心の奥底にもきっと暴力性、残虐性といったものは抑止しているだけで、存在し続けているに違いないと、学生時代の解剖実習の頃の自分を思い出しつつ確信します。

心の闇は誰にでもあるが、それをコントロールできる程の成熟した精神、理性を獲得したいものだと思う。

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