No.165 認知症に思う

私が十代の頃、有吉佐和子さんの「恍惚の人」という作品を読んだことがある。その当時としてはまだ高齢化社会は先の話であったが、有吉さんの先見の明が優れていたのか、世の中の関心を大いに集め「痴呆」を取り扱ったその作品は大ベストセラーとなったが、私はまだ若かったせいかそれほど強く印象には残っていなかった。
その後小児科医となり、いつしか地域のホームドクターとして17年前からは大人の患者さんも診るようになり、たまに痴呆症(認知症)の患者さんに出会うこともある。今では病気の進行を少しは遅らせる薬もあるのだが、ある程度以上悪化し家族の介護も限界と思われるケースでは老人ホーム側に積み込んで即入居させてもらったこともある。
その時でもまだ、親や自分自身に迫るものとしての「痴呆症」の認識は薄かったように思う。
やがて父が癌で亡くなる少し前に見せた人格の変化・行動の異常をいろいろ経験して、はじめて痴呆症の大変さの一端を垣間見た思いであった。
最近、萩原浩作品の若年性アルツハイマー型痴呆を描いた「明日の記憶」が出版され、更に俳優の渡辺謙氏が主演で映画化されかなりの話題を呼んだが、子育てを終えようとしている頃の、50歳直前に突然若年型の痴呆症に侵され始めた実直なサラリーマンの夫と妻のありかた、生き方がとても自然で自分たちもこうありたいと思いつつ深い感動を覚えた。
小説だけでなく映画の方も久しぶりに夫婦2人だけで観にいってみようと池袋の映画館まで行ってきた。
案の定、我々同様の中高年の観客ばかりではあったが、多くの人が映画館に足を運んでおり、関心の高さがうかがえた。
映画を見終えた後、私たち夫婦は子育てを含めて今自分たちはひとつの節目を迎えているのだという思いを抱き、2人に残されている現在から未来の時間を元気なうちに大切に使い、仲良く穏やかに過ごしたいものだと強く感じた。
そんなこともあってか、つい先日も子どもたちに留守番させてはじめて夫婦2人だけで伊香保温泉に一泊して、ゆったりとした楽しい時を思う存分味わってきた。
こんな楽しい思い出の記憶がいつか加齢とともにぼやけていき、「明日の記憶」のようになってしまう事もあるかもしれないけれど、ひとつひとつ大切にして生きていこうと前向きに考えている。
歳をとっていくのも悪いことばかりではないと思える。