No.204 ひなまつりに思う

今から25年以上も前のこと、私はある国立小児病院の精神科・神経科の病棟で働いていました。その頃「音楽療法」というものがアメリカから導入されたばかりで、ボランティアの先生が来てくれていました。
ちょうどひな祭りの頃でした。せっかくの音楽療法の時間なのにみんな面倒くさそうに看護師さんに促されて、嫌々プレイルームに集まってきました。私は少し変だなと思いつつも興味を持って、その日初めて音楽療法とやらに参加してみると、その謎がすぐに解けました。
まるで堅苦しくてつまらない音楽の授業のようにみんな緊張した面持ちで、エレクトーン、タンバリン、トライアングル、たて笛などによる演奏を始めたのです。
そのうちようやく休憩時間になり、一同ホッとした様子。すると誰かがひな祭りの歌を口ずさみました。でも歌詞がちょっと違うぞと思って「何それ」と言うと、ひな祭りの替え歌を聞かせてくれました。
「それおもしろいね、もう一回!」と言ったところ、プレイルーム全体に鳴り響くほどの大合唱が始まり、みんな楽しそうに笑顔一杯でお腹の底から声を張り上げて歌いました。日頃の入院の鬱憤を晴らすかのように、「灯りをつけたら消えちゃった♪お花をあげたら枯れちゃった♪」と。でもボランティアの先生が慌てて戻ってきて「そんな低俗な歌を歌ってはダメ!」と私を含めてみんな大目玉をくらってしまいました。それ以来、私は二度と音楽療法には立ち会っていません(いわゆる出入り禁止?)
「…療法」というと何か権威があって科学的で効果があるように聞こえますが、楽しくなければナンボのモンでしょうね?逆にストレスばかりが溜まります。
そういえば当院で、2年前からつい最近まで、「不登校児のためのフリースペース」なるものを行っていました。懇意にしていたS氏が臨床心理士と一緒に、いつも明るい雰囲気で様々な活動を、クリニックの2階でやってくれていました。その子供たち(主に中・高生です)がまるで幼児に戻ったようにお腹の底から大声を出して、実に楽しそうに笑ったり叫んだりしていた事が思い出されます。中3の子供たちはみんな無事高校進学を果たし、今も元気に通っているようです。
そのS氏が突然悪性(スキルス)胃癌に襲われて、わずか3ヶ月ほどの闘病生活で、昨年の12月に亡くなられてしまいました。もちろんフリースペースは休止です。
病気の子供たちがお腹の底から声を張り上げ笑う時、体の奥底から「自然回復のエネルギー」が沸き上がってくる事を、ひな祭りを迎えるにあたり改めて思い出されます。
S氏のご冥福をお祈りします。あなたの事は決して忘れません!