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No.229 父の日を振り返って

平成24年7月
父の日を振り返って

6月17日は「父の日」でしたね。「母の日」と比べてなんとなく地味ですが、「母性」も大切ですが「父性」は思春期の子どもの成長にとっては更に重要なものと言えます。

私も子どもの頃をあれこれ思い出すと、節目節目で父親の偉大さを改めて思い出されます。

小さい頃とても「ひょうきん者でかつ優しかった父」は、どちらかといえば「どっしりと落ち着いた雰囲気の母」と比べて、子ども心にもやや父を軽く見ていたところがありました。

そして20歳の頃(学生運動華やかなりし頃)父に対して「マイホーム主義で、自分の家庭の事しか考えていない!世の中の事を少しは考えて!」と生意気な言葉を言ってしまった事があります。

その時父は少しも怒らずしんみりと「お前たちを食べさせるのに一生懸命に働きずくめの毎日で、そんな事を考える余裕はなかったのだ。要するにお前は「精神的・社会的な幸せ・満足」というものを求めているのだな!それならお前がやればいい。わしはその基盤となる「経済的安定」を与えてあげたのだから・・・」と答えました。

その時同時に、部屋に飾ってあった天皇陛下からの表彰状にもケチをつけて「こんなものを飾って何が嬉しいのだ!」と言ってしまいました。すると父は「わしが戦争でアジアの果てまで行ったのは天皇陛下の為ではなく家族を守るためだ!」と言いながら、額をささっと外してしまいました。

私は言葉を発した瞬間、父に対してとても失礼な事を言ってしまったと反省し、手をついて謝りました。

(父は陸軍士官学校を卒業、陸軍少佐で終戦をビルマで迎え、100人以上の部隊の責任者として、「天皇万歳と言って部隊員全員を自決させず」現地民の解放軍に武装解除をして、他の部隊長からは「卑怯者」と非難されつつも、「全員を日本の家族の元に生きて帰せた」としみじみと言っていたのを思い出します。本当にえらいと思います。)

他にも「大学を辞めて社会で働く」と言って私は家出をし、1年間京都に住み込みで働いた事があるのですが、1ヶ月後に居場所を知らせたところ両親ともに駆けつけましたが、「ただオロオロと泣くばかりの母親」を制して、「中途半端で帰ってきたら家には入れないぞ!母さん帰ろう!」と言って母を説得して帰って行きました。

その時私の中の父と母のイメージが逆転し、父を本当に男として格好よく思え尊敬し、1年間様々な思いを込めて手紙のやり取りをした記憶があります。本当に良い思い出です。
10年前83歳の時前立腺がんで亡くなりましたが、「今でも優しいだけでなく、子どもに毅然とした態度をみせた立派な父」を持てた事を誇りに思い、今では少しでも父のような人に近づきたいと思いながら、今年も懐かしく「父の日」を迎えました。

皆さんのお宅ではどうでしょう?お父さんを大切に思い、尊敬していますか?

院長

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